第2回 ≪情報公開≫

■『首都圏/中学受験ニュース』2001年5月10日配信号収録=第2回=■
 
 苦労して合格した学校を、途中でやめることになった塾生の話です。

 A君が入学したのはある大学の附属の中学校です。いわゆるエスカレーター式の有名私立校です。事件は中学2年の秋に起こりました。

 中2はおとなと子どもが同居する魔の学年です。何でもいうことを聞く良い 子が、急に黙り込んだり、反抗的な態度をとるようになったり、親に食ってかかったりします。学校でも同じようなことがしばしば起こります。いじめやけんか、非行もその延長にある場合が多いと思います。

 その学校には、昔なら「鬼軍曹」とでも呼ばれそうな、それはそれは怖い 先生がいました。ときには鉄拳制裁もあったそうです。伝統ある男子校なら、考えられないことではありません。先生の「力」のおかげで、生徒たちは、心身のバランスを取ることができていたのかも知れません。

 A君は、その「鬼軍曹」に反旗を翻したのです。

 あるとき、先生は授業に遅れてきた数人の生徒を教壇にあげ、例によって 愛のムチを振るいました。そのなかのひとりに、足の不自由な生徒がいたそうです。A君は「鬼軍曹」が、その生徒の「足」を懲らしめるところを見逃しませんでした。

 先生の授業のあった専科の教室からホームルームに戻ると、A君は皆のまえに出て、こう訴えました。
「あいつは鬼だ。今度の授業はみんなでボイコットしよう」      
「おれも見た。鬼だ」
「そうだ。その通りだ」「そうしよう」生徒たちはひとつになりました。

 さて、何日かたって「今度の授業」の時間が来ました。「鬼」の教室へ行 く時間です。始めのうちは、全員がホームルームに留まっていました。やがて授業が始まると、ひとり減り、ふたり減りして、最後まで残っていたのはA君を含む4人だったそうです。            

 学園創立以来初の「授業ボイコット事件」に、学校の対応は慎重でした。A君の行動は校則以前の問題としても、「鬼軍曹」の「力」にも問題があります。A君を含む4人には、2週間をこえる連日の事情聴取と説得が行われました。もちろんクラスの全員からも、個別に話を聴いています。

 その結果、「事件」は「なかったこと」になりました。生徒の処分も、先 生の謝罪もなしです。親への連絡等も一切ありません。信じられないことですが、A君のお母さんがこの「事件」の真相を知るのは、それから約1年後、それも4人のひとりのお母さんの口からでした。

 成長とともに、子どもが学校であったことを、親に話したがらなくなるのは自然なことです。それはおとなになる準備です。自分に都合の悪いことや、親の干渉が予想されることならなおさらです。A君が口を閉ざしていたのも、おとなの真似をしたかったからでしょう。それにひきかえ、事情の説明や謝罪を故意に怠った学校の姿勢は、おとなげないものといえるでしょう。

 公立と違って、地域からの情報のほとんどない国立や私立では、親は孤独 になりがちです。学校からの情報が、子どもの外での姿を知る方法のすべて、などというケースも少なくありません。それが不足していたり、矛盾していたりすれば、親はますます不安を募らせて当然でしょう。

 良いことも、悪いことも、学校で起ったことは正確に伝えようとする、本 当の意味で、おとなの学校が増えてほしいものです。

 ところで、その後A君は別の高校を受験して進学。さらに大学受験ではもといた学校より難しい大学へ。江戸の敵を長崎で討つ結果になりました。

「『鬼』退治で出世した『桃太郎』」、口の悪い講師のひとりは、A君をそう呼んでいます。